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暮らしの武将

暮らしや仕事に役立つ戦国武将の知恵やエピソードをご紹介いたします。

失敗したくない

あけましておめでとうございます。
サエモンノ輔でござる。

 

過去にしでかした大失敗を不意に思い出す事ってありませんか?
僕はそういう時に「アーーーー!」と、奇声を発してしまいます。月に2回くらい、この「思い出し叫び」がやってきます。
思い出すのは、以前勤めていた外食チェーン店社員時代の失敗がほとんどです。
「食材が届きません」というバイトの子からの電話で、自分が発注日を間違えていたことに気づいた事や、フルーツと生クリームがモリモリのパフェをお客さんに提供する直前で倒してしまい、あろうことかそのお客さんに正面からパフェを浴びせてしまった事などなど。

こうして文章を書いてる最中にも奇声を発してしまいそうです。
人間ですから失敗はつきものだし、失敗から学び、大きく成長していくことこそが人生には重要だってことは分かっていますが…やっぱり失敗はしたくないですよね!?

そんな僕らに失敗しない秘訣を戦国武将が教えてくれます。

 

武将の名前は加藤嘉明


どんな武将かと言いますと、少年時代は馬喰の丁稚でした。ただ、なかなか見所のある少年だったようで、羽柴秀吉の家臣に見込まれたことで転機を迎え、秀吉に仕えることとなります。

そこからすぐに戦場に出るようになり、賤ヶ岳の戦いでは七本槍の一人として数えられるほどに活躍。出世して淡路国(現在の淡路島)を任されると水軍を編成。

その淡路水軍を率いて九州征伐小田原征伐、朝鮮攻めと各地で活躍し、その冷静沈着な采配ぶりから「沈勇の士」と呼ばれる名将となります。

秀吉死後は徳川幕府からも信頼をおかれ、最後は会津40万石の大名へと出世した叩き上げの武将です。

 

この嘉明、失敗するのが大嫌いだったらしく、様々な失敗しない方法を残しているんです。

今回はそれを二つにまとめてみました。

 

一、念には念を入れて工夫をしろ
嘉明軍には様々な決まりがありました。
例えば帯の結び方。

通常、帯は後ろで結ぶものですが、それではいざという時に手間取ったり時間がかかる。そこで嘉明は、帯は前脇で結ぶべしと決めてしまいました。

槍についても、柄の長さは自由でいいが槍穂(槍の刃物部分)については四寸(約12センチ)と決められていました。槍穂が短すぎると鎧を突いた時に体まで到達しないことがあるためという理由なんですが、そもそも当時の槍は叩いて攻撃する道具だったので、突く事自体がまれな使い方。要するに万が一の備えとしての決まりだったんですね。
まあなんとも細かく色々と心配する武将ですが、嘉明軍では一事が万事この調子だったそうです。
ただ、この形式や慣習にとらわれず念には念を入れて工夫を凝らすことこそが、失敗のリスクを下げて戦に勝つ秘訣だったのでしょう。

 

二、調子にのるな
そんな失敗対策は嘉明の格言にもあちこちみられます。

例えば「己を慎む者に失敗はない。何事も馴れたつもりで巧者ぶる者は必ず仕損ずるものである」というのがあります。

調子にのってると失敗するぞってことですよね。

他にも「平時から躾を大切にしろ。そうすれば一旦急の場合にもまごつかずに失敗せぬものなり。」なんていうものも。

これは日頃の準備・訓練がいざというときモノをいうってことですね。
つぎつぎと耳の痛い格言ですが、嘉明家中ではこういう格言を厳守していたので、一糸乱れぬ行動が出来、軍功を挙げていったのでしょうね。

 

どうでしたか?
あれ?結局当たり前の事ばっかりでしたか?
でも、その当たり前を徹底する事こそが失敗しない唯一の方法なのかもしれませんね。
今年はそんなことに注意して過ごしていきませんか?
そしていつか言ってやりましょうよ。
「私、失敗しないので」って!

 

ところで嘉明ですが、名だたる戦で武功を挙げ、40万石の大大名となったわりには現在の知名度は高くありません。僕はその原因も失敗しなかったからじゃないかと思うんです。だって、ハイリスクハイリターンの豪傑肌じゃないと物語は盛り上がりませんからね。そうなると、後世で有名になれなかった事が嘉明唯一の失敗になるのでしょうか。いやいや、きっとこの地味でも堅実な名前の残り方こそ、してやったりとほくそ笑んでることでしょうね。


加藤 嘉明(かとう・よしあき)
1563〜1631
会津43万石の領主。
羽柴秀吉の家臣として活躍。有名な賤ヶ岳七本槍の一人でありながらも、同性の清正の方が有名なため、「じゃない方の加藤」という認識をされてしまう可哀想な武将。

 

次回の更新は1月22日です。